第二話 米と夫婦
天保七年、大みそか。
大阪のはずれにある般若寺村にて。
「ミズホ、今日はもう上ってええよぉ」
テキパキと大きな屋敷を仕切る女の言葉にミズホは「片付けも手伝う」と言って断った。
「ゆうても、もう終いや。ミズホかて、一緒にソバすする相手おるんやないの?」
「んな、おらんの知ってるやろ。今年もお姉ちゃんのお手伝いしてお終いや」
「はぁ……寂しい
事言うわなぁ……せめて伝七さんとこの息子さんが、一人もんやったらなぁ……」
「いややわぁ、お姉ちゃん。もっと男前で、おもろい男やないと、うちには釣り合いません」
「よう言わんわ、そんな事言うてるから、行かず後家になるんやで」
「ふん、金持ちやからって、自分の親と同い年の子供がおる爺の後妻になった女に言われとうないわ」
「あらぁ、見た目より爺でもあらへんで?」
ニイっと笑う女の背には、赤ん坊が眠っていた。
「そのようやねぇ……」
「んじゃ、ミズホ。うちはこの子寝かしてくるさかい。これ、お蕎麦ね。ウチの人らにゃ内緒やで」
「お姉ちゃん! おおきにぃ!」
大げさなまでに目を潤ませて、差し出した手ごと包み込んだ。
しかし、姉は慣れているのか特に顔色も変えず、もう一方の手で桶を差し出す。
「せやから、ついでに、これほかしといて」
「はいな!」
ゴミの入った桶を抱えて、元気良く外に出た。が、一歩外に踏み出すと身を切るような寒さだ。
提灯を借りたが、どうせ何度も歩いた道だし、何より油が勿体ない。
いつもゴミを捨てる川まで、すぐそこという所へ来た時――
「ありゃ」
何か、硬くて大きいものに足が引っ掛かった。どうにか桶の中身をブチまけてしまう事はなかったが、桶を庇ったせいで自分が転んでしまった。
「なんやこの岩! ……岩?」
道の真ん中に岩などあるはずはない。
慌てて提灯に灯りをつけて、その正体を見た。
岩ではない。岩は服など着ない。髪も生えてない。
「え? 人? ホンマに?」
この寒い中、そんなに厚いと言えない生地の道着を一枚。腰に鍔の無い刀を差していて、裾のすぼまった袴から出た足は、裸足だった。
「……寒くあらへんの?」
というか、生きてるのか死んでいるのかも判らない。
じっと見ていると、「うう」と呻いた。どうやら生きてはいるらしい。
人気のない裏道に転がる得体の知れない男。
対する自分は女の一人歩き。
――あ、あかん。乙女の危機や!! ……乙女って歳でもあらへんけど……。
ここには民家はない。一番近いのは自分の家だが、一人暮らしだ。姉の屋敷まで戻れば男手もある。
しかし、戻るにはまたこの男をまたがなくてはいけない。
男の呻き声はだんだん大きくなり、頭が動いて、ミズホを目で捕らえた。
「ひぃ!」
地獄から這い出た鬼の様な眼でミズホを捕らえながら「何か食べ物」と呟く。
「う、うちはそんなに美味かないで? 最近、あんま食えてへんから肉も無いし、筋張ってるしな……?」
足がガクガクと震えて動かなかった。しかし男はミズホに手を伸ばし桶の中に突っ込んだ。桶にあるのは鰯の頭に芋の皮……。
「何か食べ物を……くれ。もう三日……食ってないんだ」
「アホー! そんなもん食うたら人じゃのうなるで!」
「もとより、人ではない!!」
「何言うてんねん!」
真冬の夜空に、小気味良い乾いた音が響いた。
男は叩かれた額を押さえ、キョトンとした顔で固まっていた。
ミズホはそんな男を見下ろして、フンと鼻を鳴らすと桶の中身を川へ捨てた。
「あぁ飯が……」
「あんなん飯やない! うちが飯食わせちゃる!」
「え?」
「あんなんが大阪の飯やなんて思われとうないわ! お兄さん、名前は?」
「……陸奥兵衛」
「立派な名前があるんやないか! 情けない事するんやないで!」
兵衛の腕を掴んで、半ば強引に引っ張る様に自分の家まで連れて来た。
「ちょい待っとき! うちが美味い年越しソバくわせちゃる」
慣れた手つきで囲炉裏で蕎麦を湯がき、茶碗やつゆを用意する。
「とっておきの味噌漬けもあんのやで? あんなゴミなんか比べもんにならん!」
そして、量は少ないものの、綺麗に更に盛り付け、出した。
「さぁ、めしあがれ」
兵衛にとっては、三日ぶりの飯……いや、ちゃんと皿の上に出されたものは一ヶ月ぶりだった。
「……めし……」
匂いを嗅いだ途端、我に返ったように箸を掴み、掻きこむように啜り上げる。
あっという間に平らげると、今度は落ち着けるように息をつき、ミズホを向き直ると、床に穴を開ける勢いで頭を垂れた。
「かたじけない!!」
土下座の見本があれば、これがそうだと言わんばかりの見事な土下座に、ミズホは「そんな事せんでええから、顔上げて!」とオロオロとするしかなかった。
「この礼はきっちり返す。なんでもやる!」
「え……何でも?」
「ああ! 薪割りだろうと、芝刈りだろうと! 兎や猪を狩って来てやってもいいぞ」
真剣なまなざしで顔を上げた兵衛を、ミズホはじっとみた。
そして上から下までゆっくり見て値踏みする。
ミズホのそのニィっと笑わらった顔に、兵衛は何故か見覚えがあった。
――あ、思い出した……。
この旅に出る前日、いつものように兎を狩って来た時……。
『こう毎日じゃと別の物も食いたくなるのう』
そう呟いた母親に、ほんの少し……子なら親に普通に抱く程度の気持ちで孝行してやろうと思った。
『じゃぁ、何が食べたいんだ? 海の魚か?』
今、目の前にある女の笑顔は、あの時振り返った母親と同じ顔だ。
『兵衛、米だぞー! 米を持って来るのじゃー!』
旅立つ時の母の言葉が、ハッキリと頭に響いた。
「んー、今日はもう遅いから、明日頼むわ。布団敷いてやるからなー。お父ちゃんの布団、売らんでよかったわー」
明日、ものすごくトンでもない要求をされそうな気がする。
響いた鐘の音は、除夜の鐘か、兵衛の心象か……
* * *
翌日の朝。挨拶回りと初詣に行くからと、風呂に入れられた。
垢を落として、髭も剃り、スッキリした兵衛に、ミズホが差しだしたのは、紋付羽織袴だった。
「その服、見てるだけで寒うなるわ。これを着て、うちと一緒に来てもらうで」
「……誰の着物だ?」
ミズホは羽織を渡した後すぐ奥の部屋へ行ったので、閉じた襖ごしに答えた。
「なんや、女の一人暮らしに男の着物があるんが珍しいんか? 変な事でもなか。死んだお父ちゃんのや」
「そうか……」
しかし、元日に紋付を着るなど、家長でもないのにいいのだろうか? と疑問を口にする暇もなく、ミズホは矢継ぎ早に言った。
「昨日何でもする言うたやろ? せやからウチの夫になってもらおと思ってな」
「……え?」
この一音を出すのに、数拍かけてしまった。
「ああ、フリでええねんで? フリで。というのはな、ウチな、一度旅に出たいねん」
「旅……?」
「せや。来る日も来る日も、百姓仕事ばかりや。
男は町に行ったりなんだりで、忙しそうにしてるんやけど……女はめったに村の外に出んのや。
それどころか村から一歩も出んと一生終えるなんてザラや。
せやから、あんたんとこに嫁に行く言うて……村から出よう思うたさかい」
「何処に行きたいんだ?」
「うーん。お伊勢さんも行きたいし……江戸も見物してみたいし……もっと遠くでもええなぁ」
女の一人旅は危険だとか、このご時世では旅は男でも大変だとか、色々忠告する事はあったのだが、それを口にする前に襖が開いた。
「まだ着替えてへんの?」
その着物は、鮮やかな赤の絞り着物の振袖だった。
「……なんや? ウチがあんまり綺麗なんで、見惚れとんのか?」
「ああ」
「な、何正直に言うてんの!」
真っ赤な顔で手の甲で兵衛の額を叩いた。
「もう、意地が悪いで?」
「何がだ?」
「この歳で、振袖着てるんや。おかしいやろ? 笑ってええねんで?」
「ああ……確かにおかしいかもなぁ。だって、お前はもう嫁いでるんだろ? オレに」
「あ、アホッ! まだこれからや! 親戚やご近所に挨拶回りせにゃあかんねん。夫のフリすんのはそれからや! フリやからな! フ! リ!」
「そうか」
「せやから、はようキッチリ身支度せな!」
着物に負けず劣らず真っ赤な顔で急かされるまま、兵衛は着替え、髪も結い直してもらった。
「ほな、えろう男前になったやないか!」
「そうか」
「ほな、行こか」
ミズホにつれて行かされたのは、大きな屋敷。
この村の百姓代を務める柏岡家の屋敷だった。
「随分立派な家だな」
「お姉ちゃんの嫁ぎ先ってだけや。お父ちゃんもお母ちゃんも、もうおらん。親戚言うたらここしかあらへん」
ミズホは笑顔を作って、戸を叩いた。
「ごめんください」
すると出て来たのは、ミズホの姉だった。
「あら、あけましておめでとさん」
そして、「今年も振袖似合うとるで」と毎年恒例の嫌味を言う直前で、ミズホの隣にいる男を見て固まった。
「あ、あんたその男、誰?」
ミズホは、姉に見せつけるように、兵衛の腕に抱きついた。
「うちな、この人の嫁になんねん」
屋敷中に、姉の悲鳴が響いた。
* * *
座敷へ通された兵衛は、大勢の視線に晒される事になった。
何組の家族がここにいるのだろう。
一番上座に座っている老人――柏岡源右衛門と言った――が、口を開いた。
「ミズホとは、いつから?」
その眼光は老獪さを伺わせ、兵衛の体を隅々まで観察するようだ。どんなごまかしも通用しないだろう。
もっとも――
「昨日から」
――兵衛は特にごまかす気はなかった。
周囲の人々が目を丸くする。ミズホも何か言いたげに兵衛を見た。
変わらないのは源右衛門と、兵衛だけだ。
「ほう、昨日会ったばかりの女を嫁にしたいと?」
「空腹で行き倒れていた所、飯をもらった」
「それだけか?」
「漬物も美味かったし、美人だ。惚れる理由には十分すぎるだろ」
「ほう、ならミズホはどうなんだ? この男でええんか?」
「え? へ?」
言いだしっぺのミズホが、真っ赤な顔でうろたえている。
必死に心の中で「フリや……フリなんや」と呟いて、自分で自分を落ち着かせた。
「こんな歳まで行き遅れた女、嫁にしたいなんて言うアホは、この人だけやねん……喜んで貰われて行きます」
「ほうか。せやけど、どこの馬の骨ともつかん男に、義理の妹を嫁に出すわけにはいかんなぁ」
源右衛門の言葉に、初めて兵衛が吃驚した顔でミズホを見た。
ミズホはコソッと、源右衛門の隣にいる、三十路ぐらいの女が姉だと囁いた。
――元気な爺さんだなぁ……。
ぼんやりとそう考えていると、不意にまた声を掛けられた。
「お前さん、名前は?」
「陸奥兵衛」
「……お侍か? どこの者や?」
出身というよりかは、所属している藩を聞いているのだろう。
「どこでもないし、侍ではない」
すると源右衛門は、笑った。
「なんや、無宿か! 仕方ないな……うちで雇うたるわ!
正直、ミズホをどこに嫁に出すか、悩んでおったんや。この歳じゃぁ、どこも断りおる。 かと言って、うちでずっと面倒見るわけにもいかんしなぁ。
せやから、うちでお前さんを雇って、従業員同士縁組してやった事にしてやるさかい。
さすがに無宿人に嫁に出すわけにもいかんやろ? 一旦うちのモンになれ。そんで、ええな?」
「ああ」
口実が作れるのであれば、どうでもよかった。
「それからな、お前さんの名前」
「陸奥兵衛だが?」
「そう、そんなお武家さんみたいな名前、日雇い百姓には立派すぎて生意気や。だから卯兵衛でええな」
「え……?」
「ムもツもウの段やろ? せやから卯兵衛」
「いや、そこじゃなくて……」
陸奥を名乗る意味など、百姓相手には意味のない事なのだろうが……。
「ええやろ?」
この場を乗り切るには仕方ないと割り切って、だが不服そうに「ああ」と答えた。
なるべく不満を表してはみたものの、あまり効果はないようだった。
「んじゃ田植えの時期までは、ここにおれよ。コキ使うてやるから覚悟しぃや」
「た、田植え……?」
「なんや? 都合が悪いか?」
ふと、母の姿が過った。
母の事だ。兎や鳥ぐらいならまだ一人でも狩れる。飢える事はないだろうが……。
「米を貰えるなら……」
――兵衛、早く米を持ってこい。
想像の中の母にまで急かされている気がする。
「米など、やれんわ」
「え……?」
「このご時世やろ? 取り立てが厳しいんや。うちで食う分も残しておけへんのに、誰かにやるなんてできひん」
「……そんな……」
がっくり大きな肩を落とした兵衛に、源右衛門がニイっと笑った。
「せやったら、刈り入れの時までおったらええがな。お前さんが植えて刈った分なら、文句はない」
本格的に日雇い百姓になるのか……。
しかしフラフラと当てもなく米を探してさまようよりは、確実に手に入るだろうし……。
兵衛はしばらく眉間に皺を寄せて考えた。
「それに、そこまで真面目に勤めてくれるんやったら、こっちも安心してミズホをやれるねんで」
「そう言う事なら」
あっさりと頷いた。
* * *
「あんた、意外と役者やねぇ」
その後、寺に詣で近所を挨拶に回った帰り道、ミズホがそう呟いた。
会う人、会う人に、兵衛を紹介したのだが、ミズホがギクリとするような際どい質問にも、表情一つ変えずさらりと即答していたのだ。
「うち、なんだかホンマに嫁に貰われてしまうと思うたわ」
「まぁ本気だからな」
「何言うとんねん!」
パシィと小気味良い音で手の甲で叩かれた。
「それに刈り入れまでおれなんて……、兵衛さんも大変な事になってしもうたなぁ。堪忍なぁ?」
「畑仕事はやった事はないが……力仕事なら協力できる」
「結構キッツイんやでぇ? どんくらいで根をあげるか、見ものやわ」
「本気で畑仕事が嫌になったら、お前を攫って逃げるさ」
「攫ってって……あんたは鬼か天狗かいな」
「どちらかといえば鬼だ」
「あんたの何処にツノがあんねん!」
パシィと小気味良い音で手の甲で叩かれた。
「もう、さっきから脈絡なくボケるからビックリするわぁ」
「ボケたわけじゃないが」
兵衛の呟きは聞こえなかったのか、そのまま歩いている。
しかし突然、くるりと振り返り兵衛を心配そうに見上げた。
「明日、源右衛門さんに連れられて、大阪行くんやろ?」
「ああ」
「たぶん、大塩先生とこや」
「大塩……?」
「気ぃつけぇよ?」
「ああ」
家に帰ると、ミズホはすぐさま「さぁ、着替えるで」と奥へ引っ込んだ。
「もう着替えるのか」
兵衛の問いに、閉じた襖越しに答えた。
「こんな着物で炊事なんか、でけへんやん」
「そうか……せっかく綺麗だったのに」
「もう、そないな事ばっか言うて……うちはもう慣れたで! 何言うても動揺せえへんからな!」
「そうか」
ニイ……と笑った兵衛の顔は、もちろん襖を挟んでるミズホには見えない。
「ほな、飯にしよか!」
襖を開けたミズホはもとのツギハギだらけの着物を着ていた。
「まだ着替えてへんの?」
朝と同じように兵衛を見て言った。
兵衛は表情も変えずにさらりと答えた。
「その服でも綺麗だな」
「せやろ? うちぐらい別嬪やと、服は選ばんのや」
すまし顔で炊事場に向かうミズホの背中を、兵衛は少しつまらなそうに見送った。
兵衛がいつもの道着に着替えてるうちに、ミズホが用意したのは、ふかした芋と豆、大根の酢漬と、蕪のお吸い物。
「元旦やからな! お芋とお豆さんの金と、大根の銀! 豪華やろ」
「そうだな」
「いっただっきまーす!」
元気良く手を合わせるミズホにつられて、兵衛も手を合わせてから箸をつけた。
二人とも何度も時間をかけてゆっくりと噛む。
もくもくとした沈黙ののち、飲みこんだ兵衛は、ミズホに尋ねた。
「さっき、言ってた大塩先生とやらは、どんな人物なんだ?」
「昔な、大阪の町奉行してた人なんよ。今は塾開いててな、今日行った柏岡の源右衛門さんも、その息子の伝七さんもその門下生なんよ。
あとこの村の庄屋の橋本さんもな。橋本さんは娘を大塩先生の息子さんに嫁に出す程の肩の入れようや。皆えぇ人やて言うてるよ」
「でも、気をつけろって……」
「門下生、全員が口揃えてええ人やて言うんや。大塩先生は民の味方やっちゅうてな、絶対に悪く言わんのや。胡散臭いやろ?」
「あぁ」
なんとなく解るような、解らないような、曖昧な相槌を打った。
「この前もな、お役人が溜めこんでる米を町のもんに解放しろって、大塩さんが嘆願書出したんだと。でも取り合ってもらえへんかって」
「それはやっぱり……いい人じゃ、ないのか?」
「せやな。でも、うちは信用でけへん」
「何故だ?」
「カンや!」
「カンか」
「ウチは会うた事もないねん。実際の所は明日、兵衛さんが確かめたらええ」
「そうだな……。でも、女房の忠告だ。肝に銘じておく」
「せやから、フリや」
本当に動揺しないな……と少しつまらなそうに、兵衛はミズホの顔を見た。
しかし、そんな視線を意に返さず、ミズホは元気良く「ごちそうさま」と手を合わせた。
「さて、風呂でも焚こか!」
「今日はもういい。朝入ったし」
「寒くあらへん?」
「焚くのに外行くのも寒いだろ? 明日早く呼ばれてるし、寝よう」
「じゃぁ、布団敷くわ」
ミズホが、火鉢の傍に敷いた布団に、兵衛は潜り込んだ。
そして、火鉢の向い側にもう一組敷こうとしたミズホを、「おい」と呼びとめた。
「なんや?」
振り返ったミズホが見たのは、布団に寝そべって掛け布団を少しめくり、もう片方の手でポンポンと自分の横を叩いている兵衛だった。……真顔だ。
「……なんやねん」
「オレ達、夫婦だろ?」
真顔だった。
「せやからフリしとるだけや、アホッ!」
兵衛の顔に枕がぶつかった。
枕をどけて、火鉢の向こうを見れば、ミズホは既に布団を全身にすっぽりかぶっていた。
兵衛はニイっと笑ったのだが、やはりミズホからは見えなかった。