第二話 清盛、後白河法皇に芭流(VALU)を語る事
平清盛は宋銭を握りしめて、後白河法皇の御前にやってきた。
「宋銭の流通だと? 銭の流通はわが国では失敗したものではないか。
それ以来、ほとんど銭を扱っていないが、ここまでやってこれた。
これから先銭を流通させることで、お前たち平家が栄える以外の得はあるのか?
お前らだけが栄えるだけでは、この国は潤わんのだぞ?」
後白河法皇のこの答えを聞いて、やはりこのお方は一筋縄ではいかないのだと、清盛は戦慄した。
他の貴族たちだったら、まず銭の流通とは何かから説明しなければならなかっただろう。
しかしこの大天狗こと後白河法皇は「平家だけが栄えるのではだめだ」と言ってきた。
銭の価値が銭だけであったなら、たちまち計画を見破られただろうしかし……。
「流通させるのは宋銭にして宋銭にあらず。宋銭を扱う”人”にあり」
「む?」
後白河法皇は片眉を上げて、それに反応した。
「扱うのは確かに宋銭です。しかしそれだけでは和同開珎の二の舞になりましょう。
……この清盛が提唱するのは、宋銭を使った新しい”人の価値”です」
宋銭は価値が確立されている外資だ。変動はするがその価値の保証は確かである。
だからそれを、本来は保証されていない「人の価値」に対しての保証とする。
「仮に、その価値の数値を『芭(VA)』としましょう」
「ヴァー?」
「はい、流通させるのは、宋銭ではなく『芭』です。
一人一人が『芭』という、仮想の通貨単位を持っています。
その『芭』を購入するための通貨がこの宋銭です」
「ふむ……? 一人一人芭を持つというのなら、わざわざ買う必要はなかろう?
そもそも宋銭ですら流通させるのが怪しいのに、芭をどうやって万人に持たすのだ?」
「いいえ。芭はすでに持っているのです。この瞬間にも、主上も、この清盛も」
「……何?」
「芭は物ではありませぬ。各々が元々持っている『将来への期待値』なのです」
「ほう?」
例えばとある公家が「この国を良くするために、祈祷しよう」と申し出る。
それに賛同したものが、その公家の「芭」を持っている宋銭で買う。
公家はその宋銭を祈祷祭の費用に充てる。
「ふむ、それでは特に今までと変わらんのでないか?」
「いいえ。実はこの芭、一人一人、持てる数に上限があるのです」
「なんだと?」
「例えば主上、あなた様はこの日の本全ての民が臣民です。
あなた様の芭をあなた様の支持者全てに行き渡るには、とてもこの宋銭の数も足りませぬ。
そこで、1万芭を持つこととしましょう。そして1芭を宋銭5枚で売っていた。
家臣たちはみな欲しがるでしょう……だんだん芭の数が減ってくる。
しかし、主上の芭を持ちたい者はまだまだいる。するとあるものが言い出します」
『麻呂は、主上の芭1つをを宋銭10枚で買うぞ!』
「この瞬間、主上の芭……すなわち主上自身の価値が2倍となります」
「ほう?」
「主上の芭を5枚で買った者たちは、売りに出します。宋銭5枚も得をします。
しかしまだ全員に行きわたらない……そして宋銭20枚でも50枚でも買おうとするものが現れる」
「ほほう……」
「芭の流通、人の価値の流通……これこそが、新しい価値です。
これを『芭流(VALU)』と名付けました」
「バリューか……清盛は、いつもいつも面白き事を考える。退屈せんなぁ」
後白河法皇はかっかと高らかに笑った。
その笑い声を聞き、清盛もまたにぃと笑ったのだった。