かくれんぼ

shibaigoya

「もう、いい加減にしてくれよ!」

あいつがオレに言った最後の言葉がそれだった。親父とお袋がきょとんとこっちを向いて、母親に抱かれた天兵はその声で起きて少しぐずった。

いつもの兄弟喧嘩だ。
お前も一人前になったし、オレも若くない。
天兵が一人前になるまで時間がある。
だから、それまでお前が陸奥を継げ、というのは天兵が生まれる前から言っていた事だ。しかし、弟はその話題になるとノラリクラリとかわしていた。

今日みたいに怒鳴って飛び出したのは初めてだったけど。

思えば、こいつとの出会いは衝撃的なものだった。

十六の時、陸奥を継いだオレに、親父が言った。
「祝いと言ってはなんだが……良い知らせがある。お前に弟か妹が出来るぞ」
「何してんだよ」
我ながら間抜けな応答だと思うが、もう五十に手が届く父親からそんな話を聞けば誰だってそんな風になると思う。
むしろ継いだばかりの圓明流の最初の犠牲者が、親父にならなかった事を、褒めてもらいたいぐらいだ。
とりあえず、何も聞かなかった事にして、強い奴を探す旅に出て、龍さんとさな子さんと出会った。
で、あの桜並木での仕合の後、実家に帰ってみたら、本当に弟がいたんだ。
名前は雷。何でかって聞いたら、親父が戦った中で一番強かった男から一文字取ったんだそうだ。

雷はオレに懐かなかった。そりゃ三つ四つのガキが初対面の男を兄だなんて理解できないだろう。
オレも強い奴を探しながら、なるべく実家に帰るようにはしていた。一応血のつながった弟に顔を忘れられちゃ困るからな。
でも、やっぱり懐かなかった。なんていうか、里にいるような他の兄弟みたいな関係ではなかったと思う。
確かにうちはかくれんぼや鬼ごっこで遊ぶような家じゃない。
だが、それは年が離れ過ぎているからとか陸奥だからというだけではなく、もっと根本的な物に思った。

雷は人を殴るのを極端に嫌がった。かといって弱い訳ではない。修練の一つである、天然石割りだって難無くできる。蹴りや投げ技だってそうだ。
無機物相手の修練なら、それは素晴らしい出来栄えなのに、相手が人になったとたん、躊躇する。そして――オレが帰って、戦った話をする度に、悲しそうな顔をした。
そんなんだからか、次男だからか、親父も一応圓明流は仕込んでいるみたいだけど、オレ時みたいな修練ではなかったし、雷も里の子と遊んでる時が多かった気がする。
だけど手先が器用で、中でも雹はかなりの腕前だった。十になる前にはオレの練習相手が十分勤まったぐらいだ。いやいやだったけど。

そういえば一度だけ、雷に里の子とのかくれんぼに誘われた事がある。
最初は鬼の役をやったのだけど、子供たちはすぐに見つけた。
雷も序盤に見つけてしまったので、「もうちょい気合入れて隠れよ」と言ったら、えへへと笑って舌を出して誤魔化した。

そしてオレが隠れる番が来た。
子供の遊びとはいえすぐに見つかってしまっては格好がつかないと考えて、少し奥に隠れた。だがーー誰も来ない。

一刻が過ぎ、二刻が過ぎ、もうすぐ日が暮れる。
いくらなんでもこれは大人気なかったか……と思った矢先、

「みーつけた」

雷がひょっこり顔を出した。

「もう、兄さんがなかなか見つからないから、他の子は他の遊び始めちゃったし、もう帰っちゃったよ」

「はぁ? なんだそれ」

「オレも何回か誰も見つけてくれなくて、先に帰られちゃった事あるんだ。
だから今は、あまり難しそうな所には隠れないんだ」

「お前は、ずっとオレを探しててくれたのか?」

「うん。兄弟だもん。見つかるまで探すよ。
見つけてもらえないのは、心細いって事、知ってるし」
そう言って雷は舌を出して笑った。

「でも、兄さんが鬼の時、オレも本気出して隠れてれば良かったなー。
オレ隠れるの上手いんだよ! 兄さん絶対見つけるまで探してね!」

でもそれ以来、オレが隠れんぼに誘われる事はなかった。
里の子供たち曰く、「雷の兄ちゃん、見つかんないからつまんない」だそうだ。

そしてある日、オレは龍さんの噂を聞き、それに誘われるように京都に行った。

いろいろな事があった。龍さんを守れなかった事は今でも後悔してる。名を捨てようとして結局捨て切れず、蘭をつれて帰って来た。
蘭を初めて見た時の雷の顔は今でも覚えてる。あんな顔を見たのは後にも先にも初めてだ。なんせ第一声が「どこから攫って来たの!?」だもんな。
こいつがついて来たんだって言うと、ますます面白い顔をした。
親父もお袋も蘭を一目見るなり拍手打って「出海なんかに天女さまを嫁がせて下さって、ありがとうございます」なんて拝み始めるし。まぁ、気持ちは分かるが。
で、この頃からかな。前から冗談交じりに後を継げと言っていたのが、本気にそう言うようになっていた。

蘭が天兵を産んだ時、雷はすごく喜んでいた。元々子供好きな所があったし、可愛がってくれた。
今思えば自分が無理に継がなくてもよくなったと考えたのもあっただろう。
そして、オレや親父から期待されている重圧が、だんだんと蓄積されて、あの日に爆発した。

「もう、いい加減にしてくれよ!」
そして雷は家を飛び出した。

まぁ、雷が夜にふらっとどっか行くのは良くある事だし、(兄貴が嫁さんつれて戻ってくりゃ、そうするだろう)そのまま何日かいなくなる事も度々あった。
だから、たいして気に止める事はなかった。
が……一月が過ぎ、半年も過ぎたころ、ようやく呑気な両親やオレもおかしい事に気が付いた。(蘭だけは、翌日ぐらいから心配していたのだが)

とにかく日本中を捜し回った。天兵が歩き回れる年齢になったら天兵を連れて。
オレが天兵にいの一番に覚えさせた圓明流の技は『雷』あいつの名前の字と同じこの技が宣伝代わりだ。
天兵、技を磨け。強くなれ。お前が強くなれば、技を磨けば、きっとあいつは出て来るはずだ。
あいつは多少変わってるが、体に流れる血は陸奥だ。だから……。この日本にいればきっと……。

雷よ、お前、本当にかくれんぼが上手かったんだな。せめて降参の仕方ぐらい教えてから隠れろよ。親の死に目にも帰らねぇで、いい加減にしてくれよ。

とうとう天兵が、あの頃のお前と同い年になった。お前はもう陸奥を継がなくて良くなったんだ。天兵が継いだからな。
しかも可愛い娘さんまで貰ってきやがった。オレの事、「お父様」なんて呼ぶんだぜ? 似合わねえだろ?

「……親父」
遠くに入道雲がある海を見てぼーっとしていたオレに天兵が声をかけて来た。入道雲の下の方は黒くなっていて、音は聞こえないが時々稲光が見えた。
「まだ、雷にいちゃん探すのかよ?」
「あぁ、オレは兄貴だから、最後までやめるわけにはいかないからな。まったく兄弟ってのは大変だ」
「ふーん」
「お前にも弟か妹ができれば解るだろ」
「へ……?」
天兵の顔を見て、あぁ、きっとあの頃のオレもこんな顔をしていたんだろうと思った。
「まさか、親父……そんなわけ、ないよ、な?」
「さぁて、そろそろメシの時間かよ」
「答えろよぉ!」

早く出て来いよ、雷。今出てくりゃ、年が明けた頃に赤ん坊の顔が見られるぞ。……もちろん天兵のな。

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