とおりゃんせ

shibaigoya

「天斗。あの森には、近づかない方がいい」
買い出しの帰りに、母さんにそう言われた。

「なんで?」
その森は、畑の真ん中にポツンとあるような小さな森だ。
「その……オバケが出て神隠しにあうそうだ」

オレ、もう八つだぜ? オバケなんか怖がるかよ。母さんは心配しすぎだ。
それにオレらは神様に喧嘩売った一族なんだろ? 丁度いいじゃないか。

稽古の時、親父にそう言ったら、親父はいつも通りのポヤンとした顔で森を見下ろして、「確かに、あそこには行かない方がいいかもな」なんて言った。
母さんは女だからともかく、親父までそんなへタレた事言うなんて! それでも陸奥の男なのかよ!
納得できなくて、寝る時にじいちゃんとばあちゃんに告げ口してやった。
するとじいちゃんとばあちゃんは目を見合わせて「そうだなぁ、子供は行かない方がいいかもなぁ」なんて言った。
なんだよ。じいちゃんもばあちゃんもオレを子供扱いして!
オレだってこの前、弧月が出来るようになったんだぜ! いつでも陸奥を継げるんだからな!
「そうか、そうか。さぁもう寝なさい」
そう言いながら、じいちゃんがしわくちゃの手をオレの目の上に置いた。ヤバい。これをされると……眠くな……――。


次の日、いつもなら昼寝する時間、親父やじいさんたちの目を盗んで、こっそり森へと向かった。
念のため、親父と旅に行く時、いっつも持って行く母さんのお守りも持って行く。……念のためな。

昨日遠目から見た通りの小さな森。とてもこの中で行方知れずになるとは思えない。
入口には大きな鳥居があって、森の中へと続く細い道がある。
小さい森でも、木が多いからか、枝が屋根のように重なって、日の光を遮っていて昼間なのに暗かった。
……確かに、オバケが出そうな雰囲気はある。今……そこの茂みで何か動いたような……?

でも、じいちゃんが言っていた。

『怖かったら、取りあえず殴ってみろ。拳が当たれば何かいる証拠。圓明流の技が効く相手だ、怖がる事は無い。
当たんなければ何もない証拠。ただの気のせいだ、怖がる事は無い』

「せい! せい!」

……よし、何もない。ただの気のせいだ。そうとわかれば何も怖くない。
鳥居をくぐって少し歩くと、小さなボロい神社があった。なんだ、これだけかよ。
せっかくだから、中を見てみる。意外と中は綺麗に掃除されていて、布団まで敷いてある。でも他には何もなかった。
でも何か証拠が欲しくて中に入った。だって手ぶらで戻っても誰もオレがここに来た事を信じてくれないから。

ふとんの上をずかずかと歩いて、壁のすきまを覗いたり、窓やらをあけて見る。
部屋の隅々まで探したが、特に変わったものは無かった。

「何してるの?」
いきなり声を掛けられて、振り返ると、同い年ぐらいのおかっぱ女がいた。
真っ赤な着物を着て、大きな目でこちらを見ていた。
「別に……ただ、珍しいものはねぇかなって」
「ふーん、じゃぁこっちにおいでよ」
ヒラヒラと手を振って神社の裏に回って行く。ついて行くと、ちいさな洞穴があった。

「あの神社はただのおうち。こっちが本物なんだよ」
洞穴の奥には小さな祭壇があるらしいが、暗くてよく見えない。
「そこに、火打ち石があるよ。火をつけてごらんよ」
言われた通りに、祭壇に火をつけた。
そこには色あせた前掛けをした地蔵があって足元におはじきやお手玉や小さな食器が散らばっていた。
おはじきやお手玉なんて女の遊びだけど、ろうそくの光を反射してキラキラ光ってるのは、綺麗だと認めるしかない。
――母さんやばあちゃんが喜ぶかな?
オレはおはじきを二、三個掴んで後ろを振り返った。

「ね? とっても良い所でしょ? 気に入った?」
「まぁな」
「じゃぁ、あそびましょうよ」
「ん……」
遊ぶのはかまわねぇけど、女となんてどうやって遊ぶんだ。
相撲を取るわけにはいかないし……。鬼ごっこや木のぼりなんてしたら、着物が汚れるから嫌がるだろうし……。

「じゃぁ、私がお母さんで、あなたはお父さんね。このお地蔵様が赤ちゃん!」
「え? どういう事だよ?」
「お父さんとお母さんの真似事よ」
「……それ、面白いのかよ?」
「面白いよ。じゃぁ、この洞穴がおうちね! お父さんは、お仕事してきて!」
「し、仕事……?」
……そういや、親父って稽古以外の時何してんだろ……。
「食べ物とってくるの!」
「ああ、狩りか。待ってろよ」
「いってらっしゃーい」

洞穴を出て耳を澄ますと、鳥の鳴き声が聞こえる。
木に登ると案の定巣があったから卵を二つ取って、洞穴に戻った。

「おかえりなさーい、あなた。今日のおかずは何かしら」
「ほらよ」
卵を差し出すと大声で叫ばれた。
「なんで、本物持って来るの?!」
「いや、だって……食べるんだろ?」
「ごっこ遊びでいいの! そこら辺の草とか、お花とかでいいの! 返してきて!」
なんだよ、山菜とかがいいならそう言えよな。
仕方なく卵を返して、食べられそうな草を適当に摘んで持って行った。

「まぁ、おいしそう! まっててね。今作りますからね」
……昼飯食べたばっかだけど、仕方ねぇか。
「とんとんとん、とんとんとん」
……って、なんで石ですり潰してんだよ?! 食えなくなるだろ?!
「ごはんもおいしく炊けましたよ」
それ、土だろ?!
「お味噌汁もどうぞ」
どう見ても泥水じゃねーか!
「さぁ、めしあがれ」
め、めしあがれって……。どう考えても食えるわけねぇだろ。
でも、出されたもは食べなきゃいけないし……、こいつすっげーニコニコしてるし……。
もしかしたら、食えるのかもしれない……。
「いただきます」
土の味しかしねぇ。
「な、なんで本当に食べてるの?!」
なんでだろうねぇ……。

「食べるふりでいいのよ。ごっこ遊びなんだから」
くすくす笑いながら、お皿の上に盛った土や、山菜の残骸を「ぱくぱく」とか「むしゃむしゃ」とか言いながら横に捨てて行く。オレも同じようにやったんだが……本当にコレ面白いんだろうか。山菜もったいねぇ……。
「赤ちゃんがぐずりだしたわ」
そう言って、地蔵を撫でたり抱きしめたりしているのを見ていた。
しばらくしたら「寝ちゃった」と言ってオレの腕を掴んできた。

「私たちも寝ましょう」
「え?」
「お社にお布団あったでしょ?」
「ああ」
「あそこにね、男と女が寝ると、赤ちゃんができるんだって」
「本当かよ」
「うん。神主さんがそう言ってたもん」
「ふーん」
あんまり信じられねぇけど……
――今日は昼寝してなかったな。
それを思い出したとたん、すっげぇ眠くなってきた。

「ね? 一緒に寝てみようよ」
「うん……」
腕を引かれるままに、洞穴から出ると、懐から母さんのお守りが落ちた。
それを拾って顔を上げると……。
「どうしたの? 天斗」
――あれ?
なにかが……おかしい。オレの不思議そうな顔がそんなに面白かったのかくすくすと笑いだした。
「変なのー」
「なぁ……オレ、お前に名前教えたっけ……?」
「お守りに書いてあるでしょ。タ、カ、ト」
確かにお守りにはオレの名前が刺繍されている……けど、オレの名前、大人でも一発で読めた奴いないんだぜ……?
「オレ……帰らなきゃ……」
急に、行ってはいけないといわれた所に来た罪悪感が湧きあがった。
「えー、なんでぇ? あそんでくれるって言ったじゃない」
「ごめん!」

全力で、出口に向かって走りだした。だけど、なかなか鳥居が見えない。
おかしい。こんなに距離があったけ? でもいつかは鳥居が見えてくると信じていた。だけど……。
「なんで……また神社が……」
赤い着物のおかっぱ女がこちらを振り返ってオレの名前を呼ぶ。

「うわぁああ!」
今度は逆に向かって走った。女の足で追いつける訳がない。
だけど、正面に見えたのはまた神社……そして赤い着物のおかっぱ。
「まだ帰るには早いよ。もっと遊びましょう?」
「や、やだ……」
なんでオレ、ここに来たんだろう……母さんにも、じいちゃんにも、親父にも行くなって言われてたのに。
おかっぱ女がくすくす笑いながら近づいて来た。

じいちゃんに教えて貰った事が一瞬過った。
『怖かったら、取りあえず殴ってみろ』
でも、女は殴るなって言われてるし……。それに、もし殴って当たらなかったら……?

目の前にいるのに、『居ない』とわかったら……?

伸びて来た白い手から逃げて、竦んだ足を引きずりながらまた駆けだした。
木の根っこに足を取られて、何回転んだかかわんねぇ。 でも、早くここから出ないと!
「お……親父ぃいいいいい!」

思わず叫んだその瞬間、誰かかとぶつかった。見上げたら、親父だった。
「ったく、ここには行くなっつっただろ? 母さんに怒られるぞ」
「親父ぃいいいいい!!」
親父のすぐ後ろに鳥居も見えた。不覚にも涙が止まらない。
「ほら、お地蔵さんのおはじきなんて持って来るな。返しにいくぞ」

親父と一緒に神社へと向かう。不思議にも恐怖はなかった。
いっつもポヤンポヤンして、たまーーにおっかないけど、こういう時はやっぱり頼りになる。
おかっぱ女もいなくなっているし、特に問題もなく洞穴の地蔵におはじきを返した。

親父は律義に柏手を打って「おはじきお返しします」と挨拶したから、
オレも念のためオレも手を合わせて心の中で「ごめんなさい」と謝った。
そしてまた、出口へと向かい、無事鳥居をくぐる事ができた。だけど……

――あれ?

また、違和感が……。

「親父……なんで、オレがおはじき持って来たのわかったんだ……?」
親父はそれに答えず、ニイっと笑って言った。

「ところで天斗、さっきからお前の後ろについてくる女の子、仲良くなったのか? 可愛い子じゃねえか」

家に帰って、母さんに抱きつくまで、後ろを見れなかった。

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